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EP02「サンクチュアリ」

 俺はこの日、普通から完全に逸脱した存在となった。いままでの出来事は明らかに普通とは言いがたい。
だから俺はいまこうして、この鋼鉄の竜を模した機体に乗っているのだろう。
暗い闇にぽつりと見える月の光は、ただこの機体の装甲を照らしていた。



EP02「サンクチュアリ」



 艦の壁をぶち破り外に出て数十秒。俺も榊も何も喋らなかった。まだ心臓がバクバクしている。きっと榊も同じなのだろう。
そしてこの沈黙を破ったのは一本の通信だった。

-アルファ・・・・ド・・・・ぃ・・・・・・ア・・・-

暁「アルファード・・・・コイツの名前か?」

 ノイズの激しい通信で何文字かしか聞き取れなかったが、俺はそれが"アルファード"と言っているように聞こえた。
俺はその名を機体名だと、何も疑わずして飲み込んだ。
 差し詰め、『アルファードのパイロット、今すぐ降りろ』とでも言っているのだろう。


 同刻 未確認航空艦 司令部

通信士「総員、アルファーコード発令、アルファーコード発令。」

 通信士は端末のマイクに向って、アルファーコードといい続けていた。
アルファーコードは緊急事態の1つを表しているらしく、艦内は人が忙しく動いていた。

司令「サンクチュアリを地球人に渡してはならん。
   エインヘイト部隊を出せ!ただちにサンクチュアリを奪還するのだ!」

 60代ほどの厳つい白髪の男は椅子を拳で叩いて怒鳴った。その怒りゆえにか、顔は真っ赤になっていった。


 同刻 未確認航空艦 ハンガー

 先ほどまで機械竜が居たハンガーには灰色の一つ目を持つ機械の巨人が数体並んでいた。
リネクサスの主力量産型機人、"エインヘイト"である。各機は銃を手にし、発進準備を整えていた。
その中に他とは違い頭部に一角をつけたエインヘイトがあった。

カイル「ちっ、あん時ヤツをぶっ殺していれば・・・・。
    まぁいいさ、このカイル様のエインヘイトで機体ごとスクラップにしてやるぜ!!」

 角付きのエインヘイトに乗るカイルと名乗った不良少年のような男は、カタパルトから自機を発進させた。
その後に続いて残りの一般エインヘイトも同様に発進した。


 -11/29、AM03:42、未確認航空艦周辺 海上空域-

 突然アルファードがパソコンのエラー音のような音を出した。俺はコクピット正面のモニターの片隅に映る機体を発見した。
角がついている灰色の機体はアルファードに目掛けて2丁の銃を発砲した。

輝咲「鳳覇さん!」
暁「分かってる!」

 俺はどこで覚えたのか分からない操縦技術で弾丸を避けた。操縦というよりも機体が俺の思考に沿って動いている気がした。
不思議に思ったが、コレはコレで好都合だ。
 発砲してきたからには相手は敵、リネクサスとやらであることに間違いないようだ。威嚇射撃では無いのは殺気で分かった。
こっちも応戦したいが、生憎敵から奪った機体、銃は愚か楯さえも装備されていない。

暁「くそっ、武器はねぇのかよ!」
輝咲「鳳覇さん、背中に付いているあの青い棒は・・・。」

 コクピットシートにしがみ付く榊は震える指で背中の青い棒を指した。ただの装飾とは違うその棒は、剣の鞘だった。
鞘の存在を認識した直後、俺の頭にその武器に関する知識がどっと湧き出した。自分でも気持ち悪くなるような情報量。
その中から刀の使い方を引っ張り出した。
 鞘は一旦上にスライドし、前方に倒れるとともに赤い剣の柄が現れた。中々複雑な構造をしているようだ。
両肩の柄を抜くと、鞘から銀色に光り輝く刃が姿を見せた。

カイル「へっ、そんな剣じゃこのカイル様を倒せねぇよ!
    さっさと降りて降参するか、俺にスクラップにされるか選びな!」

 角付きの灰色の機体から男の声が聞こえた。どうやら通信システムはなく、肉声を外に拡散させることで会話ができるようだ。
何か言い返そうとしたその時、再び頭の中に通信のやり方が湧いた。その湧き出したやり方をそのまま実行する。

暁「てめぇみたいな一つ目のいかにも悪っぽいザコには負けねぇ!!」

 言われっぱなしは悔しいため、とりあえず外見を見て思いついたことを言ってみた。
それに一人称に様をつけるヤツは嫌いなので、つい感情がこもってしまう。

カイル「俺のエインヘイトを馬鹿にしやがったな・・・・いいぜぇ、ぶっ殺す!!」

 急に相手のエインヘイトと呼んだ機体の動きが俊敏になった。さっきの一言で火に油を撒いてしまったようだ。
 それだけでない、角付きのエインヘイトに気を取られていた所為か、周囲を角無しのエインヘイトに囲まれているのに気づかなかった。

暁「しまった・・・!!」
カイル「お前等、一斉射撃だ!!」

 周囲のエインヘイトの持つ銃から弾丸が放たれる。最悪なことに相手の武器はマシンガンであるため容赦なく弾丸が装甲を直撃していた。
金属音が鳴り響き、装甲がへこんでいくのがサイドモニターで確認できた。脱出しようとしてもこの弾幕のせいで機体が動かない。
 マシンガンを連射する中、バズーカを持ったエインヘイトがこちらに照準を向けているのを発見した。次の瞬間にはもう銃口から弾丸が放たれていた。
動けないアルファードの胸部に直撃し、大爆発を起こした。胸部装甲がひしゃげて白いボディーが黒くこげている。

暁「うっ!!」
輝咲「きゃぁっ!!」

 振動はコクピットにも想像以上に伝わった。
 ここで終るのか、俺はふとそんな事を思ってしまった。しかしこの状況ではそう思うのが妥当だろう。
悔しさがどっとこみ上げてきた。俺は何のために榊を強引に引っ張ってまで連れ出したのか。
あのまま牢獄で指をくわえて待っていたほうがよかったのだろうか。

暁「くっそぉぉぉぉぉっ!!!」

 感情的になり、何も出来ない自分に怒りの声を上げた。これが普通から抜け出した結果か。
俺が普通から抜け出すことは、こういうことは終りを表しているのか。

 そんなのは嫌だ――。

 そう思ったとき、青紫色の閃光が目の前を駆け抜けた。閃光の残像が消える頃には、前方のエインヘイト2機が真っ二つに切り裂かれていた。
そのエインヘイトは赤い光を放ちながら轟音をたてて爆発した。
 爆発の被害を避けるべく、アルファードを囲んでいた残りのエインヘイトは攻撃を止めて散開した。

暁「な、なんだ!?」

 すぐに俺は閃光の抜けた方向を振り向いた。そこには青紫色のどちらかといえばアルファードに似た機体が月をバックに静寂に紛れて立っていた。
背中には馬鹿でかいブースターのような装置が付いている。あの大きさなら先ほどの速さも納得がいく。
 俺は何者だと聞こうとしたが、その答えは意外にもカイルが言った。

カイル「スティルネス・・・ARSの"神崎 静流"っ!!」
静流「二本角のドライヴァー、戦闘が終るまでそこで大人しくしていろ。」

 それだけ言うと、スティルネスと呼ばれた青紫色の機体は太刀を構えて角付きのエインヘイトに襲い掛かった。
俺の目から見ても神崎という男は戦いの熟練者であることが分かった。
 今はそう感心している場合ではない、大人しくしていろといわれたが、一般のエインヘイトは容赦なくこちらを捕捉してマシンガンを連射してくる。
さすがに飛道具相手に太刀は相性が悪いどころか何の役にも立たなかった。

 なんだよ俺、結局は榊の前でカッコつけただけで何にも出来ないのか――。

 ほぼ同じ装備をしているスティルネスは俺とは正反対に接近して銃では応戦しきれない位置まで近づいて攻撃している。俺もできるはずなのに。
なのに、敵に突っ込むことが出来ない。操縦のやり方は分かっている。ただ体が、心がついて来ない。

 ――あの時と、同じだ――

 
 -2011年、7月下旬-
 あれは、ちょうど小学4年生の夏休みの頃だった。あの頃の俺は普通な毎日に満足していて、有意義な時を過ごしていた。
夏休みの宿題を放り投げては毎日友達と健康的に遊びまわっていた。
 その日も、いつものメンバーで公園で遊んでいた。ただ、いつものとおり遊んでいただけだった。

健太「じゃあ、100数えるから皆隠れろよ~!」

 メンバーのリーダ役の健太の提案で今日はかくれんぼをする事となった。この公園は遊具がある部分と小さな林がある部分がある。
しかし林の所は奥に入れば見通しが悪くなるため、子供の立ち入りは禁止されている。だが立ち入り禁止という看板は逆に冒険心を呼び覚ますものだ。
この日のかくれんぼもそんな林の中で行われていた。
 俺は臆病だったため、遊具場に近い部分にいつも隠れていた。勿論、そのまま居るだけではすぐ見つかるため木に上って上でのんびりしていた。
この位置からだと鬼の場所も分かるし、逆に向こうからはこちらの場所が特定し辛い。最高の場所だった。

真一郎「暁君は今日何処に隠れる?」
暁「俺はいつもの秘密の場所~」
祐三「ほんと暁はかくれんぼ上手いよな。」

 皆は遊び感覚でやっているが、俺はこういう遊びにはつい本気になる性質だ。

祐三「じゃ、健太に見つかるなよ~!」
暁「あったりまえだろ!」
真一郎「うん!頑張ろうね!」

 俺たち3人は少し離れた所でそれぞれ別れた。ここまではいつもと同じだった。誰もこの後の展開など知る予知も無かった。


 PM05:43 公園

暁「おっそいなぁ・・・・。」

 腕時計を見ると、もう午後6時前を指していた。そろそろ皆がギブアップして林から出てくる頃である。なのに誰も出てこない。
木の上から林の中を見ても、それらしき人影は見当たらなかった。ただ負け無し記録を持つ俺は自ら捜しに行くようなまねはしたくなかった。


 PM05:53 公園

 だんだん暗くなりかけてきている空と相談しながら、俺は林の中を目を凝らしてみていた。すると、人影を見つけた。
だが影は4人あった。小さい影が3人、大人サイズの影が1人。

暁「!?」

 俺はあの時目を疑った、その小さな影は紛れも無く健太、真一郎、祐三だった。そして見知らぬ人影の男は手に光り輝く物が見えた。
それがすぐに鋭利な刃物であることは幼い俺にも分かった。同時に3人が危険な状態にあることを察した。
 そういえば、最近子供を狙った犯罪が増えているなどのことをニュースで聞いた。まさにそれが今目の前で起ころうとしている。
俺は助けを呼びに行こうとした。だが怖くて体が動かなかった。心がついてこなかった。木の上でバランスを取るのがやっとであった。
声を出すことも出来ない、ただ瞬きすることさえも忘れてその光景を目に焼き付けていた。
 その時、真一郎の声が聞こえた。

真一郎「暁君!助けて!!!」

 上手くは聞き取れなかったが、そう叫んでいることに間違いなかった。その声が聞こえても、まだ俺はその場から動けなかった。
だが、見開いた目ははっきりと泣き叫ぶ3人の姿を見ていた。
 そして、真一郎と目が合った。真一郎の顔が一瞬希望に溢れていたような気がした。

 次に見たのは、その顔が血しぶきに真っ赤に染まった光景だった。

 怖くて何も出来ない自分、その後もずっと木の上で俺は泣き続けていた。
 体の水分が全部抜けるほどに泣き続けた、弱い自分。

 その後はどうなったのか分からない。補導に来た警察に発見されて保護されていたらしい。それから俺は一種の精神障害に陥っていた。
 それからあの公園を見るたび吐き気のするような錯覚に襲われるようになった。結局はこの街で過ごすことが困難と判断され、親の配慮で福岡に引越すことになった。
結局は、この引越すという行為も逃げているのと同じである。
 今となってはもう逃げるだの云々は思わなくなっていたが、それでもこの事件は人生の足枷となっていた。

 そして今、その足枷がまた現れた。
 恐怖で動けない自分、勇気の無い自分、どうしようもなく弱い心を持っている自分。
こんな自分が普通から抜け出して正常でいられるわけがない。

 いや、今でも弱いままなのか。今弱くていいのか。

 コクピットの座席にしがみ付く榊の命も背負っているというのに、弱くていいのか。

 ――強くならなくちゃいけない――

 はっきり気づいた。"アルファード"に乗った時に恐怖心を捨てたんじゃない、恐怖心はまだ俺の中に隠れている。
だが、今その恐怖心は変貌しつつある。怒りという名の感情へと。

暁「俺は・・・・。」

 エインヘイトのマシンガンの弾丸がアルファードの装甲をへこませる。

暁「俺は・・・・。」

 そんなことお構いなしに、俺はアルファードの操縦を一旦止めた。榊が何か言っているがまったく耳に入らない。

暁「強くなりたい・・・。」

 普通から抜け出したいんじゃない、強くなりたかっただけなんだ。

 コクピットに響く警報音に俺の全てが吹っ切れた。サイドモニターを横目で見る。右横にエインヘイトが1機。
アルファードをそいつの正面に向けた。マシンガンの弾丸が迫り来る。先ほどまで役に立たないと思っていた太刀でその弾丸を弾き飛ばす。
 マシンガンに弾が装填される僅かな瞬間を付いて、俺はそのエインヘイトのターゲットサイトから抜け出すように左右に俊敏に動きながらそいつに近づいた。
距離感10mのところで、左手で握る太刀を振りかざし、勢い良く振り下ろした。鉄の引き裂かれる鈍い音が暗闇にこだまする。
真っ二つに切り裂かれたエインヘイトの残骸を蹴り飛ばし、相手の爆発に巻き込まれないように後に下がった。数秒後、断片化したエインヘイトは爆発した。

輝咲「鳳覇・・・さん?」

 さっきまでとは打って変わった冷静な戦いぶりに、輝咲は驚いているようだった。

暁「榊さん、ちゃんと掴まってて。」

 それだけ言うと、俺は次のエインヘイトを捕捉した。アルファードの胸部を焦がしたバズーカ装備のエインヘイトだ。
こちらに捉えられているのを悟った向こうは、ひたすらバズーカを連射してくる。弾丸1つ1つを見極め、太刀で弾丸を切り裂いた。そのうち、距離はあっと言う間に無くなった。
今度は右手に握る太刀でエインヘイトの腹部を真横から切り裂いた。

静流「大人しくしていろといったはずだ。」

 まだカイルの乗るエインヘイトを相手にしている静流がこちらの動きに気づいた。だが、このまま大人しくする気は一切無い。

暁「神崎さんでしたっけ、悪いですけど俺にも戦う理由ができました。」
静流「そいつは子供の玩具じゃないんだ、指示に従え。」
暁「一つだけ聞いてもいいですか?」

 俺は彼の返答を待たずにこう続けた。

暁「神崎さんの敵はリネクサスですか、俺ですか?」
静流「・・・俺はこの世界を守る、それだけだ。」

 そう答えた彼に、俺は決意した。
 俺の全てが吹っ切れた時に頭の中にさらに湧き出した、この機体の真の力。

暁「なら、俺もそれに加勢します。」
静流「どういう意味だ。」
暁「リネクサスは近い将来この地球を壊滅させる・・・そうだよな?」

 俺は外部通信を一時遮断し、シートにしがみ付いている榊に尋ねた。

輝咲「はい、事実です。」

 その返事を聞くと、俺は再び外部通信の機能を開いた。

暁「リネクサスの目的が地球の壊滅なら、俺はリネクサスから地球を守りたい。
  そしてコイツには守ることが出来る力がある!」

 俺は心の目でアルファードを見た。

暁「神崎さん、離れてください!!」
静流「お前・・・・・まさか!?」

 それに返事を返す前に、もう既に俺は行動でそれを示していた。
 アルファードが眩い光に包まれていく。頭部と両腕についている緑の結晶体が破裂しそうなほどに輝きだす。
肩の装甲が展開し、そこからも溢れんばかりの温かい色の光が漏れる。

???「神崎君、スティルネスのゲートを海底に移動させておいた。
    すぐに逃げてくれ。」
静流「くっ・・・・了解。」

 異常な行動を見せたアルファードの姿を見て、スティルネスは下降し海中に潜った。

カイル「おい待て!まだ勝負は付いて・・・・・!?」

 カイルの目にも光り輝くこのアルファードの姿が目に入ったらしい。

カイル「ま・・・マジかよ!?」
通信士「エインヘイト隊、速やかに艦に帰還せよ!」

 アルファードを捕捉していた残りのエインヘイトが、敵の艦に戻ろうとする。だがそれはもう遅かった。
アルファードの真の力は、もう発動可能状態にあったのだ。

暁「逃しはしない!!」

 温かく穏やかなオレンジの輝きが秒刻みに輝きを増していった。

暁「俺が・・・・俺が守るんだぁぁぁぁっ!!」


 その暁光のような輝きは、解放された―――。


 艦に戻ろうとするエインヘイト、そしてその母艦を光が飲み込んだ。



-11/29、AM06:34、福岡県某所、鳳覇家-

 ピピッ、ピピッ、ピピッ――

暁「・・・・ん。」

 俺は携帯電話のアラームに起こされた。開いた目に映るのは自宅の天壌だった。

暁「夢・・・か。」

 ベッドから上半身を起こし、呟いた。それにしてもリアルな夢であった。本当に戦っていたかと思うぐらい体が疲れている。
あまり寝ていた気がしない。かと言って弱音を吐いて二度寝はしたくない。
 俺はしぶしぶとベッドから降りた。
 洗面所へ行き顔を洗って、朝食と昼の弁当の準備のため台所に入って冷蔵庫と相談をした。
 それにしても、あの夢は本当に"夢"ならば続きが見たいほどだった。アルファードに乗って戦って、榊とかいった超美少女を守り抜く。
そして、最終的には・・・。

暁「・・・っと、その前に未来の世界を守るんだっけ。」

 少し鼻の下が伸びているのが何となく分かった。
 今となって冷静に考えれば、あの榊は中々の美少女だった。ちょっと気弱で守ってやりたい感がかなりあった。
それに服の上からでも分かるほどのスタイルの良さ。まぁ、夢なのだからそれぐらいないと楽しみがない。

暁「でも、未来を守れば輝咲ちゃんと――。」
輝咲「あの、私がどうかしましたか?」

 突然後から声が聞こえてきた。

暁「ぬぉぁっ!!!!!」

 振り向いて見えたあの時と同じ姿の少女に俺は奇声を上げて、尻餅をついた。

輝咲「そ、その・・・大丈夫です・・・か?」

 不安そうに俺の姿を見つめる榊の表情。
 何でここに榊が居るのか。いや待て、その前に重大なことに証明が付いてしまった。

 ――あれは夢じゃない――

輝咲「あの・・・すいません、ここから美味しそうな匂いがしてきたので・・・。
   お邪魔でしたか・・・?」
暁「あー、そのいやー、そういうんじゃなくて・・・・。
  そのー・・・一つ訊いていいかな?」

 真っ白になりかけている頭を整理して、俺は輝咲に尋ねた。

暁「今日のアレは・・・夢じゃないのか?」
???「あぁ、夢ではないのだよ。」

 何処からか渋くも温かい男の声が聞こえた。榊しか眼中に無かったが、その後を見ると本当に渋い40代ぐらいの灰色の服を着た男が立っていた。
 もう何が何だか分からなくなってきた。

暁「あんた誰っすか!?ここ俺の家っすよ!!」
剛士郎「私は"吉良 剛士郎"、対リネクサス特別機関"ARS"の総司令だ。
    にしても、"輝咲ちゃん"には何も言わなかったのに、酷いぞ~鳳覇君。」

 完全にさっきの独り言を聞かれていたらしい。それだけではない、次に着目したのは"対リネクサス特別機関ARS"という言葉だ。
海上で戦った相手、輝咲から教えてもらった"リネクサス"。それに対抗する組織、加えてそこの総司令ときた。

剛士郎「さ、フライパンの方が大惨事になる前に、ちゃっちゃと朝食を頼むよ鳳覇君!」

 そう吉良に言われてフライパンを見ると、作っていた野菜炒めがそろそろ悲鳴を上げだすところまで来ていた。俺は急いで火を消した。
後一歩間違えれば野菜の炭ができそうだった。
 忠告には感謝しつつも、俺の頭には疑問が大量に湧き出した。

暁「そういや、なんで俺は家に?」

 追加で2人分も作ることになり、さらに冷蔵庫と相談しながら俺は尋ねた。今一つでも疑問を消化しないと、絶対に今日を正常に過ごすことなど出来ない。
僅かな時間さえあれば、質問攻めする覚悟はできていた。

剛士郎「あの後、あの機体の中で気絶した君と榊君を回収しに我々は東京から来たのだよ。
    幸運にも一般人にはあの"聖域の光"しか見えていなかったようだから、すぐに機体は海中に潜らせたがね。
    今頃は我々ARSの"機神(オーガノイド)スタッフ"が解析に当たっているだろう。
    おっと、質問は"何故この家に?"だったね。」

 俺は卵を取り出し、スクランブルエッグとトーストを追加することに決めたところだった。
 正直なところ、オーガノイドスタッフという言葉も理解しがたいが、きっとあの機体の解析班とでもいった所だろう。余計な質問はしたくなかった。

剛士郎「このまま2人を我々の下で保護しようとしたのだが、そうすると君の混乱を招くと思ってね。
    まぁ、すでに混乱しているようだが、これは最良の策というものだ。」
暁「言い訳はいいです、続けてください。」
剛士郎「おぉ、すまないねぇ。
    そこでだ、とりあえず君の住所を調べてこの家に一旦は返して、後日君からいろいろ訊こうとしたんだが・・・。」

 ちらりと吉良は榊を見た。

剛士郎「榊君は今の世界には存在しなかった人間だからね、どう保護していいのやらと。
    さすがに私のような男が少女と一緒にホテルに泊まるのはアレだろう?」
輝咲「・・・?」
暁(エロ親父か、コイツは・・・。)

 思わず俺はそう言いそうになったが、すぐにさっきの独り言を返されそうだったのでやめた。

暁「で、ウチについでに泊まりにきたってわけですか?」
剛士郎「あぁ、そういう事だ。
    それにあの事件の後に公共機関でアクションを起こすと危ないからねぇ。」

 変なことを考える割には、なかなか頭は冴えるらしい。さすが総司令を名乗るだけはある。

剛士郎「所で、君は朝のニュースは見たかね?」
暁「飯作らせてる立場でよく言えますね。」

 野菜を切る包丁に力が入ってしまった。

剛士郎「あの事件は公には異常な自然現象として処理されている。
    サンクチュアリが放つ光は、一般人には日の出に見えたようだ。
    特別自衛隊が動いたのも、幸い山に隠れて一般人にはバレていない。」
暁「サンクチュアリ?」

 さっきも出てきたが、一体何を指しているのだろう。

輝咲「鳳覇さんが言っていたアルファードのことです。」
剛士郎「おや、君はアルファードと呼んでいるのか。」
暁「通信でそう聞こえたんです、だからアレの名前なのかと・・・。」

 サンクチュアリがあの機体名だと知っても、俺は言いづらい名だとしか思わなかった。

剛士郎「まぁいいさ、固有名詞は表すものを指し示せばどうあっても変わらない。
    "サンクチュアリ"と呼ぶか、"アルファード"と呼ぶかは君に任せるよ。
    もうアレは君以外に扱えないからね。」
暁「はぁっ!?どういう意味ですか!?」

 俺はニンジンの最後のブロックを切断しそびれた。俺以外に扱えないという意味が分からなかった。
ロボットというのは訓練を重ねれば誰でも扱えるものではないのか。

剛士郎「そっか、機神(オーガノイド)の説明からしなくてはならなかったか。
    結構長くなるから、とりあえず先に朝食にしようか。」

 顔に似合わずニコっと笑うと、剛士郎はテレビのある居間へと入って行った。何かと図々しいヤツだ。
しかし、どこか憎めないところがあった。

輝咲「あの・・・ごめんなさい、巻き込んでしまって。」

 剛士郎の後について行っていいのか迷っている輝咲が、また俺に言った。

暁「俺もよく分からないけど、まぁ気にすんなよ。」
輝咲「そうじゃないんです。」

 突然輝咲の声が大きくなった。

輝咲「もう鳳覇さんは"ドライヴァー"になったんです。」
暁「ドライヴァー・・・?」

 次の一言に、俺は持っていた混ぜ箸を落とした。

輝咲「鳳覇さんは・・・・もう"人間を逸脱した存在"なんです。」


 不思議なものだ、普通から抜け出したことを知らされた瞬間というものは。
 やっぱり俺は普通から抜け出したいなんて事は、強くなりたいということと履き違えていただけなのだろう。
現に普通でないことを知った俺は、力なくその場に立っていることしかできなかった。
 うつむいて言った榊の姿は、俺にはただの目の前の風景として認識されていた。

EP02 END


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